日記

朝方までさめざめと泣き、半ば投げやりな気持で睡眠導入剤を飲んで無理やり眠った。3時を回った時点でうっすらそんな気はしてたが、アラーム完全無視の大寝坊をやらかした。

 

本来なら制服に着替えて出勤ボタンを押していなければいけない時間に目覚め、もう完全に冷静になっちゃってる頭で職場に電話をかける。待ってましたと言わんばかりにワンコールで同僚が出た。「申し訳ありません。今起きました。もう足掻きようがないのでシャワーを浴びますね。接客業でくさいと困りますから。ごめんなさいね。本当に反省しています」と相手に言葉を挟ませず、勢いにまかせてすべてを言い切ったあと、大きな笑い声が受話口から響いた。寝起きの耳に、人の笑い声は大変心地良いものだった。1時間半の大遅刻。

「さっきの電話の私の喋り方おばさんぽかったよな…」通勤時よりも空いている電車に揺られながら、変なポイントで落ち込んでしまった。日々女じゃなくなっていく不安が強まっている。

 

「寝坊、珍しいね」と茶化す笑顔で迎えられた時の私からは、申し訳なさや罪悪感よりも「普段の行いがいいからこんなもんで済んだ」という(こと仕事においては)自己評価の高さから、余裕が滲み出ていたと思う。嫌な奴だと思う。他人で私のようなやつがいたら、嫌いだった。他人でなくたって、自分のままでだって自分を嫌いだ。

すまなさが微塵も表れていない堂々とした足取りで「出勤」のボタンを押下した。

 

 

不定期開催の「クレーム対応強化DAY」だった。クレーム対応のスペシャリストと呼ばれる外部の会社の方がわざわざお越しになり、資料片手にクレーマーの心理や対応方法を説明する。

概ね納得のいく内容だと感じたし、概ねマニュアル通りの対応が出来ている。

 

「クレーム対応をする上で1番良くないのは、お客様の言葉に反発する事です」

講師は真剣な顔つきで続けた。

「自分は悪くないのに、怒られて悔しい!という気持ちから、お客様へ言い返してしまい、さらに案件が複雑化する事も多くあります」と大袈裟に眉を潜めた。演出めいた人だなと思った。

個人的な見解だが、マナー講師やクレーム対応の講師にはこういう「演技までいかない演出」みたいなものがクセ付いてる人が多い。抑揚をつけながら話を進め、要所で相手の顔を伺う。私が接客をする上で気を付けていることと近いことを、この人達は普段からやっている。

なんとなく「ヒーローショーのお姉さん」みたいだった。

 

「自分は悪くないのに、怒られて悔しい」

接客業従事者なら、誰でも経験するこのシチュエーションには、私も苦しめられてきた。

持論だが、クレーム対応は普通の人にはできない。当然職種によって違いはあるだろうが、基本的には壊れていなきゃあんなの平気でいられないと思っている。

壊れてるからできるのか、やっていくうちに壊れるのか、感情がないかのどれかだ。

正義にこだわる人も、心から優しい人も、気弱な人も、嘘がつけない人も、ロジカルな人も、まともな人にもできない。繰り返しになるが普通の人にはできないのだ。相手がおかしいとわかった上で相手を高い位置に置くことや、辻褄が合わない話を真摯に受け止めつつ整合性を求めないということが、賢ければ賢い程できないのだ。 

 

クレーム対応を続けながら心が助かる方法は「見下しまくる」「心から愛する」「無関心を貫く」この3つに限られると思う。

自身の救済方はどれだろうか、選択肢の上を羽蟻のようにぐるぐると忙しなく飛び回っている。

 

今でこそ「へー」としか思わないようなクレームも、熱血的に正論を言い返して「上のやつを出せ」とテーブルを蹴られた事もあった。

その時点でその場において私が上のやつだったので、その時は「私です。テーブルを蹴るならお帰り下さい」と言い放って無事終わったのだが、どうやらあれはマニュアル上誤った対応だったらしい。

 

怒り心頭な表情のまま、うんともすんとも言わず黙り込んで10分経過した客に「あ、喋りたくなったら呼んでください」と言い放ってその場から去った事もあった。この時は「それじゃ優しめの取り調べだ」と少し怒られた。

 

私は普段から、給与以上にお客様の為に力の限りを尽くしている自負がある。それでも力になれないお客様は存在するのだ。

回顧していたら、いつのまにか講習は締めに差し掛かっていた。講師は自信満々に言った。「怖がらず対応しましょう。終わらないクレームはありません!」そんな“開けない夜はない”みたいに…

この講習が終了するとともに、他の店を出禁になったと怒鳴りながら老人が入店してきて笑ってしまった。

いらっしゃいませ。怒鳴るならお帰り下さい。

静かにするなら、お話聞きます。

言い慣れた台詞を、カセットテープで流すみたいに雑に放つ。すり切れるいつかその日まで。