テレビ大好き

 

片親で看護婦だった母は常に家にはいなくて、男2人で仲良くしていた兄達とは別の部屋を与えられていたので、幼少期家にいる時間はテレビを観て過ごした。

バラエティもドラマもアニメも、小難しいニュース番組以外は大好きで、新聞を取っていなかったから自分のお気に入りの番組だけをリスト化してオリジナルの番組表を作って部屋に掲示したりしていた。

幼い頃いろんな事情(家庭では虐待があったり、近所ではおじさんに軟禁や脅迫されたり、学校では友達が1人もいなかった)で生活はとてもつらかったし苦しかったけど、そういう泣き言は誰にも言えなかった。そんな話は誰も聞きたくないとなんとなくわかっていた。

当然だけど、幼さゆえに現実逃避という自覚もなくのめり込んでいって、この四角の中に入りたい、今の現実は自分のいるべき場所ではないと根拠もないのに確信していた。実際、あの頃の私は誰にも見えてなかったと思う。

後に、大人になってから女優になる為に養成所に入ったりオーディションを受けたりして挫折するのは別の話として、とにかく私はテレビの世界に陶酔していて、時々母親を困らせた。

 

自分の部屋のブラウン管テレビが壊れてしまい、泣き喚いて大暴れした頃、同時になにかの悪事が母親にばれて「そんな人間のテレビは直さない。甘えるな。反省して過ごせ。」と私には一番効く罰を与えられた時だ。

悔しくて悲しくて、今日は月曜だから大好きな犬夜叉、コナン、世界まる見えの黄金ラインナップなのに、なんでよりによって今日なの!と怒り狂ってその夜は泣き疲れて眠った。

次の日学校で授業を受けながら、なんとかしてテレビを観ることはできないか、テレビの修理を自分で行えないかなど熟考を重ね、学校から帰るとすぐさまテレビの修理に取り掛かった。

ひとまず、なぜテレビが映らなくなったのか、よく観察するとテレビ本体はなんの問題もなかった。原因はテレビアンテナケーブルの中心の銅線が根元からひん曲がっていたことだった。今考えれば端子を変えりゃ済むことだったけど、小学生には当然わからず、このケーブルはテレビにとって唯一無二の存在で、このケーブルがダメだともう二度とテレビを観ることはできないのだと思い込み、そしてテレビとケーブルの関係性(思い込み)と、自分とテレビの関係性(一方的な思い込み)を重ねて、めちゃくちゃに泣いた。

アンテナケーブルの中に爪楊枝を突っ込み、折れた銅線をなんとか元の位置に戻そうとしたら、銅線がポキン、と取れてギャアアアと泣き叫んで家族をビビらせてしまった。不器用な子どもだったのだ。

テレビの修理は不可能である。そう結論がでてからは(違うのだけど)なんとかして別のテレビを観てやろうと思い立った。頭がおかしくなっていたのだ。たぶん意地になっていた。

それでも人の家に入り浸ったりするとそれは「なんか違う」だった。自宅でゆっくり、心置きなく観たい。テレビは私のオアシスだから。

そうなると兄達の部屋、もしくは母親の部屋から強奪するしかないか…。

まず、母親の部屋からの強奪は厳しかった。母親の部屋のテレビの周辺には、DVDや本が積まれており、これを退かすのは時間がかかると推察できた。

ならば兄達の部屋だ。兄達の部屋からテレビを奪おう。そう決めてからは早かった。決行は来週の火曜と決めた。

 

上の兄が塾で、下の兄が学校から帰る前の時間帯を狙った。あまり入る事のない(臭いので)兄達の部屋は汚くて狭くて最悪だ。なんか臭いし…。それでも私は、今日だけ大泥棒。今夜はロンハーを絶対に観たいから、くじけてはいけない。マンガとか雑誌の間を歩いてなんとかテレビの前まできて絶望した。

テレビに、なんか、いっぱい繋がれてる………………‥…。

兄達はゲーム好きだった。よくわからないケーブルやよくわからないゲーム機、コントローラーなどがたくさん繋がれており、それらはきっと、兄達にとってとても大事なものだ。

無理やり取っ払って壊したりしたらあとが怖い。兄達は内弁慶だから、外では優等生なくせして、家では平気で妹を殴るのだ。

絶望した。盗るも地獄。盗らぬも地獄だ。

それでも冷静さを取り戻し、万が一ゲーム類が壊れた時の報復&テレビを盗んだことへの罰を考えると、実行に移すことはできなかった。

帰りは床に落ちてるマンガを踏みつけながら、兄達の部屋を出た。自分の部屋に戻り、今後について検討した。私は泥棒失格。それでも稀代のテレビっ子。もっと他にやる事があったんだろうな。テレビ以外なにもみえなかった。

 

テレビの修理、失敗。

テレビの強奪、失敗。

私は途方に暮れてしまった。何も知らない家族と夕食を食べ、各自の部屋で過ごしている時間、隣の兄達の部屋からはゲームの音声と笑い声。母親の部屋からはバラエティの歓声が聞こえてきた。悔しい。どうして私だけテレビが観られないのか。

今にしてみれば、テレビ見せて、と声を掛けて部屋に入れてもらえれば良かったのだけど、兄達とは全然仲良くなかったし、母親からは禊を命じられ、その真っ最中であるから、どうしてもできなかった。

兄達はこの頃、とても意地悪だったので、甘えたり頼ったりする事なんて論外だし、そもそも兄達はテレビ番組をあまり観ない。ゲーム中に邪魔をするなと言われるに決まっていた。

私はもう、切羽詰まっていた。追い詰められていたのだ。もうすぐロンハーが始まる時間だ。ブラックメールの企画がどうしても観たい。修羅場が観たい。あの恐ろしいトライアングルがまた観たい。

気がつくと母親の部屋を覗き見ていた。正確に言うと、母親の部屋のテレビを映した鏡を観ていた。母親の部屋の物の配置は少し変で、入り口の襖を背にしてテレビが置いてあり、奥の正面にちょうど姿見が置かれていた。母親はテレビと姿見の導線から少しずれた位置でテレビを観ていた。やはりロンハーだった。ここは親子か。

母親の様子はどうでもよかった。とにかくロンハーだ。今日はなんの企画だったっけ。やった、ブラックメールだ!フフ、今日の彼氏の人おっかしいなぁ

「ハハッ」

気が付いたら声に出して笑っており、声に反応した母親と目があった。

母親はガバッと襖を開け、幼い娘相手に恐れ慄いた顔をして

「おま…おまえお母さんを覗いてたの!?」とヒステリックに叫んだ。そんなわけねえだろ。

 

ここですぐに否定できれば良かったのだけど「禊中に耐えきれず覗きをしてまでテレビを観たかった、しかも鏡に映って反転したテレビを無理して観てたんだ」と説明することができず、押し黙ってしまった。 そんな私をみて、勘違いした母親は嫌悪した顔で「気持ち悪い!変態なの?」と吐き捨てた。

確かに気持ち悪すぎるので、私が悪い。

 

これが原因かわからないけど、それ以降も私の部屋のテレビは修理されることなく、何年後かにアナログ放送から地デジへと移行した。引っ越しのどさくさに紛れ、あのブラウン管テレビはいつのまにか実家から消えていた。

テレビの思い出。