1031日記

1031

 


面接の為に、適応障がいと鬱を発症して辞めた会社のすぐそばまで出向いた。西新宿から丸の内線に乗り込んだ時点で動悸が止まらず、寒いのに大量に汗をかいてしまい風邪を引くかもしれないなと覚悟した。

からしいけど少しでも変装になればと、普段はかけない眼鏡をかけて節目がちに歩いたが、駅に着いたらもう【辛い時に避難所として使っていた喫煙所】【ぎくしゃくしながら挑んだ歓迎会の店】【交流の為に嫌々ランチで使ったばかみたいに高いイタリアン】【大嫌いな上司や先輩達と行ってタンバリンを持ったまま1時間棒立ちしたカラオケ】などの目に入る風景すべてに引き戻されるようだった。必死に歩いた。地面を見ながら歩いた。こうしてると、ずっと誰かに謝ってるみたいだと思った。出来なかったことや、責められた事ばかり数えた毎日を思い出していた。朝も夜も昼も、誰とも笑えなかったし誰も笑わせられなかった つまらなかった。

 


べたっとした甲高い声にねちっこい関西弁、刺すみたいな言葉遣いと諦めたような表情、怒気のこもった声色を思い出していた。

馬鹿にした口調と下劣なジョーク、わかりにくい比喩表現、尺と内容が比例せずこちらを折れさせる為だけの無意味な説教、正確に教える事を嫌がる偏屈な性格を思い出していた。

 


面接に訪れた企業と、辞めた会社は目と鼻の先だった。自身の確認不足を心から呪った。終始にこやかに面接が進む中、到着するまでの苦しみを振り返っていた。自覚していた以上に、決定的に傷付いていたのだと認識した。

 

「取り繕う事が上手い」という自負がある。多少の感情の揺れなら完璧に顔に出さずにいられる自信がある。腹が立っていたり悲しい事があっても、人と対面すればにこやかにしていられる自信がある。あった。

順調に進んでいた面接の途中「どうしましたか」と聞かれるまでは あった。

 

たまらなくなった。この街全体にのまれる気がした。大勢の中ひとり大声で責められてる時間、集まる目線や、たくさんの呆れ顔が鮮明に蘇る。

気が付いたら面接が終わっていて、四ツ谷駅のホームに立って呆けていた。遅延しながら到着した満員電車にさらにホームの人達が身体をねじ込んでいき、人の乗り物ではなくなったそれを3本見送って次に到着した中央線高尾行きに乗り込んだ。あの頃の帰宅経路だ。何もかもあの頃に戻ったみたいだった。なにかと電車が遅延するから全部めんどうになって、よく途中下車して飲んでたっけ。

いつの間にか電車は阿佐ヶ谷に着いていて、情けなさを供養するつもりであの頃と同じく途中下車した。

駅のトイレに寄って鏡を見たら目が完全に据わってて、頭を振って「こんなんじゃだめ」と着ている地味なスーツには合わない濃いメイクをし直した。目尻も跳ね上げラインで涙袋にピンクを塗った。髪にもワックスを練り込んでセットした。誰かと会うつもりはなかったけど(ツイッターで「募集」とだけ書いたけどどうせ誰もこないので)身なりをしゃんとさせる事で背筋が伸びたような気もする。

あとは当時と同じ店で、同じような常連の煩くてつまらない話をアルバイトが流したり無視したりするのを眺めながら飲んだ。

あの頃は、仕事と会社の人と関係ない時間が増えるのが有り難くて仕方なかった。味方を増やす事ができなくても、敵にならない存在ならなんにでもすがりたかった。

 


カウンター席に座るなり、当時もよく絡んできたじじいが「煙草何ミリ?」「俺の熱い煙草吸う?」などと話しかけてきて、にこりともせず「いりません」と即答して、じじいは連れのじじいみたいなおばさんに「やれやれ」みたいな顔をして引っ込んだ。


【閉じたときの自分】の投げやりなところや冷たさをよく知っている。高校の頃、仲良くしていた子に「身内以外に冷たすぎる」とよく指摘されていたが、それのなにが悪いのか当時わからなかった。大人になってわかったつもりでいるけどこういう時に地が出るんだろう、私は知らない人と話すのが心から好きな性格ではないな、と最近自覚しつつある。

たくさんある【やれるけどまあ別にしたいわけではない事】のひとつでしかなかった。私 多分明るいわけじゃないんだよね。明るく振る舞う事ができても、それが別に好きだってわけじゃなくて、人気者の座は、一生いらない

 


そのうち店内が騒がしくなったと思ったらすぐにおさまった。ぼうっとしていてよくわからなかったけれど、店員と客の会話を盗み聞きしたところ、ある大物芸能人のロケが店の前を通ったらしい。

私が豚足の辛いタレに苦しんでいる最中に、狭い店でそんな事が起きていたとは。私はいつでも蚊帳の外だ。

 


少しだけ、寂しくなった。

「人と会いたくないし喋りたい事もないし、なんなら早く帰りたいな」と思いつつ、矛盾を承知の上で友達に連絡をした。

「きたら嬉しいし来なくてもほっとする」前提の元誘うので、振られても別にかまわないのだ。結局予定が合わなくて来られなかったけど、あの頃本当に助けられたことをいつかちゃんと伝えようと思った。

 


関係ないが店で流れたBGMで覚えているものの一部を記載します。

 


プラネタリウム/大塚愛

NO MORE CRY/D51

you/倖田來未

ひとり/ゴスペラーズ

等身大のラブソング/Aqua Timez

クラシック/ジュディマリ

楽園ベイベー/RIP SLYME

 

 

 

 


お気に入りのメニューを一通り食べ尽くして店を出たあと、思い出深い喫茶店へ向かった。

友達と噴水の広場でぐずぐずした深夜 このネオンや花に囲まれた店に不似合い暗い話をしながらワッフルを分け合って食べたこと

社員旅行のハワイのお土産を友達に渡しながら 本当につまらなかった と愚痴ったこと

そのあと一緒にマッサージ店にきたと思ったらそれを隠した風俗店で、ネグリジェみたいな格好の外国人女性にマッサージしてもらったこと

マッサージ前に頂いた、濃くて熱いお茶のこと

噴水の広場に腰掛けて靴を脱いだ友達の足のサイズが小さ過ぎて、なぜか笑いが止まらなかったこと

あるビルの屋上に出てはしゃいだこと

一度に色々な事が思い出され、ちゃんと、人に助けてもらえていたなあなんて感動していたら、かわいいメイドさん達が変なお客と喧嘩して追っ払っていて、溢れかけた涙が引っ込んでしまった。

「気に入らないんなら、帰ってもらって結構ですので」強くて かわいくて好きだと思った。

 


久しぶりの友達と会えた。会話が弾むほどなにかあるわけでもないけど、会いたかったから嬉しい。日付変わっちゃったけど、ハッピーハロウィン。

 

過去のなにかが変わるわけでもなく、覆る事もなく、病気は治りはしないかもしれないけど、得られたものやできたことを喜んでくれる人たちとこれからも出会い続けられますように