1125日記

嫌な夢を見て唸りながら目が覚めた。それを反芻し、また唸って、ようやく起き上がった頃には13時を過ぎていた。見渡す部屋がやけに明るくて、なんだよもう、と窓の外を睨み付けたら驚く程快晴。なにかが間違えてもう春になったのかと思った。

 


何もない休みを有効に過ごしたくて、気怠さを振り払って支度する。

洗濯物を溜め過ぎて、着るものがひとつもない。箪笥の奥の奥から、見たことない服を発掘して着替えて部屋を出た。

 

今日の予定はこうだ。自転車のタイヤに空気を入れて、スーパーに行って、バズってたレシピを試して、洗濯をして、部屋を片付けたら銭湯に行く。

 

歩き出して10歩目くらいで、自転車に乗っていないことに気が付いて回れ右して引き返す。

鍵すら持ってない。部屋に取りに戻り、無事自転車に跨った。今度こそと意気込んだその瞬間に、装着していたワイヤレスイヤホンの充電が「シュウーン」という合図の音を立てながら0になった。昨晩充電を忘れた。あんな悲しそうに、電池が切れてしまうんだな。

 

 

それでも良い、今日はいい天気で、誰にも会わなくて、誰にも急かされない。何をしても咎められない。

眩しさと眩しくなさのちょうど間の明るさに照らされて、柄にもなく陽気になる。さらりとした風がわたしの希望通りにそよぐので、大変きもちよかった。

 

家から徒歩50秒の自転車屋の店主は、さっぱりしているが物腰柔らかく、月に1度来店しタイヤに空気を入れてもらうだけの私にも優しい。

「こんにちは。」「はいはい。」「またお願いします。」「はいよ。」

 

店主は長い長いチューブを取り出してきて、一瞬で作業を終えた後、百円ね。と顔を上げた。

ところが、財布の中を全く確認していなかったので、1万円札と10円玉が2枚しか入っていなくて慌てた。

「げっ… あの、1万円じゃだめですよね、細かいのがなくて。」

「じゃあ、いいよいいよ、サービス」

「いやいや、崩してきます。それかまた来月に合わせて…」

「いいよ、別に。たださ、チェーンが錆び錆びだから、そろそろ取り替えた方がいいかもな。」

「えっ!これ、もう寿命がきていますかねぇ。」

「うーん、まぁここまで錆びて伸びてると…まあ、切れたりする頃合いだよ。」

「当然切れちゃったりしたら、困るなぁ…。」

「交換してく?」

「おいくらですか?」

「三千円。」

「じゃあ、お願いします。」

 

全く予定になかった契約が、あっという間に成立してしまった。こういった、いつかある出費はいつ払っても同じだし、100円を払えない申し訳なさがペイできるから、これで良い。と自分に言い聞かせてつつ、心の中で「この商売上手め!」と店主を冷やかした。

作業に20分ほどかかるということで、すぐ近くのスーパーへ徒歩で向かった。

 

目的は札幌一番の塩ラーメン、ごま油だ。

あとでセブンイレブンに寄ってカット野菜を買い足さなければならない。

試したいバズレシピは【セブンのカット野菜、札幌一番の麺、調味料を皿に入れて6分レンチンすれば約100円野菜タンメンになる】という、人として完全に終わってる代物なのだが、ずぼらで野菜タンメンが大好きな私にとってこれほどありがたい事はない。切るとか煮るとか、そういうことのない世界。美味いなら、なんでも良い。

まず、袋麺のコーナーにて札幌一番をすぐに見つけた。400円近くするので、納得できないながらも買い物かごへ放り込む。もうひとつの目的のごま油やラー油も見つけた。同じ棚に七味があって、七味好きだし、何かと使うよね。と思い買った。(後からわかったがもう部屋に2つあった。)

この時点で札幌一番400円、ごま油とラー油が100円づつ。合計600円を超えており、惣菜コーナーにいけば400円で良いお弁当が並んでいてやけくそになりかけた。「あーあ、もうとんかつでも買って帰ろうかな。」と小さく口に出してしまい、侘しさが増した。私は思い立ったらすぐやるけど、すぐに折れる。馬鹿者なのだ。

邪念を振り払って、初志貫徹、無事に札幌一番とごま油とラー油を調達した。見ていたら無性に食べたくなってサバの塩焼きを買い足した。さらに200円追加。必要あったのか、食べ終わった今でもわからない。

スーパーを出たら、ちょうど20分立っていて、計算したわけでもないこのちょうどよさにかなりグッとくる。今日はやっぱり良い日。なんにもない、良い日。

 

自転車屋に戻ると、すっかり綺麗なチェーンを取り付けられた自転車が準備されていた。

おやじ…チェーンってこんなに銀色なんだね。

自転車を引き取る際、店主は「タイヤもチューブもガタが来てるよ。大事にしてあげてね。」と少し困ったように笑った。

5日間駅の駐輪場に放置して、600円払って昨晩回収してきたばかりだったので、どきり、と心臓が鳴った気がした。

つい「すみません。」と謝罪を添えてから「また来ます。」と言って店を出た。

 

空気を入れたばかりのタイヤが、地面に猛反発するみたいに乗り心地がかたい。セブンイレブンへ向かう。ちょっとした段差をそのまま乗り越えた時、自転車の前籠の中でサバの塩焼きが大きく跳ねた。サバのダンス。今日って、やっぱり楽しい。到着するなり、一直線に冷凍食品のコーナーへ行って、カット野菜を手に取った。めちゃくちゃ凍ってるけど大丈夫か?と心配になりながら、手癖でミルクプリンも会計した。そんなつもりじゃなかったのに。

 

帰宅して、窓を全部網戸にして、一服してから遅めのランチだ。

調理と言えるほどの工程ではないが、皿に札幌一番の麺と調味料を開け、目分量で水を加えて、レシピ通りふんわりとラップして6分40秒チン。指でつついてみる。つめてえ。

7分近くチンしてあたたまらないものって、もう食品じゃないんじゃないかと不安に駆られる。20秒追加してチンした。つつく。くそくそくそくそくそくそ、くそ熱い。なんだこれは。少しいらつきながら、着ていた洋服の袖を伸ばしてテーブルまで運ぶ。レシピにはお好みでラー油をと記載があったので、餃子以外に使ったことがないラー油を数滴垂らして、実食。

 

あー

 

普通。

可もなく、不可もなく

皿で食べる、札幌一番。

サバの塩焼きが一番美味い

 

 

 

 

これから、洗濯をします。